人気ブログランキング |

タグ:感謝 ( 32 ) タグの人気記事

墓参り

昨日は私の誕生日でした。


春分の日生まれの私はいつも家族から誕生日を忘れられていました。


いつからだろうか、翌日の22日がちょうど2歳下の双子の妹の誕生日で、


私の誕生日が祝日なので、お友達を招いて誕生会を開くようになり、


そのケーキを私が買いに行くようになったのは。


特に閏年の年は、春分の日が誕生日と覚えている友人からは


日にちを20日と間違えられるこも多くありました(笑)



昨日は春のお彼岸の初日。毎年恒例の誕生日参りです。


大好きな父と祖母が眠るお墓にお参りに行ってきました。


お墓は数年前にお墓の土地の持ち主の都合で移転になり、


墓地公園になったので、車椅子の私でも行けるのなったのですが、


何となくその姿を大好きな父と祖母に見せることに抵抗があり、


頑張って杖をつきながら行っていました。(何でかな?)


でも、さすがに今年は杖では無理だったので、初めて車椅子でお参りをしました。


その姿を付き添ってくれた旦那さんが写真を撮っておいてくれました。


よくお墓の写真は撮るべきではないと言う人はいますが、


私は何の抵抗もこだわりを持ってはいません。


正直に言えば、何が駄目なのかわからないのです。


むしろ、大好きな人が眠っている場所なので一緒に撮ってもらって嬉しく思ったくらいです。


私は、結婚をして今の姓に変わりましたが、


ずっと大好きな父と祖母が眠っているお墓は守っていくつもりです。


車椅子になったとき、墓仕舞いも考えましたが、それはもう少し後にすることにします。


本当は、私も一緒に入りたいので、


旦那さんには、もし私が先に逝くことがあったら


一部でいいから大好きな場所に入れて下さいと頼んであります。そして封印して下さいと。


姪が子供の頃に、同じことを頼んでおいたけれど、きっともう忘れていると思います。


私が年に数回墓参りをする日は、私の気持ちを表すかの様に、


必ずと言っていいくらい雨が降ります。


父が亡くなった時は昭和60年の豪雪で電車もバスも公共交通機関は全て止まった日でした。


祖母が亡くなった日は突然の暴風雨で、病院から危篤の電話を受けて、


急いで病院に向かいましたが、朝の5時ではタクシーもバスもありませんでした。


当時は、すでに一人暮らしをしていましたが、運転免許は持っておらず、


一時間以上かけて泣きながら病院に向かって走って行きました。


30年も過ぎた今でもはっきり覚えています。


途中でタクシーに合いましたが濡れている私を乗せてくれる車は一台もありませんでした。


一年で大好きな父と祖母の二人を亡くしました。


納骨に行った際、東別院の方が一年で二人を見送る、


こんな不幸な事はないと仰った事を今でもはっきりと覚えています。


あれからずっと私の心の時計の一部は止まったまま。


いつか、大好きな父と祖母に会えたら、止まった心の時計は動くようになるのかな?


昨日はそんなことをずっと考えました。


21日は、義父と私がお父さんと慕った方の月命日です。


義父のお墓にも行ってきました。


義父は私が初めてお会いした頃にはもう認知症を発症していましたが、


不思議なくらい相性が合いました。


義母がよくこんなボケたじいさんと上手いこと会話しとる~と笑っていました。


大好きな義父も義母も亡くなりましたが、楽しかった想い出はたくさんあります。


21日と言う日が来るといつも同じことを事を思います。






by morukatura | 2018-03-22 10:39 | 日常

友人が来てくれた

今日は、最近の私の体調を心配して、

我が家から一時間半離れた場所に住む友人が来てくれました。

今日は、旦那さんも外出して、

おまけにマンションが断水にもかかわらず遠いところを来てくれました。

毎週火曜日に痛み止めの点滴をしてもらいに病院に通っているのですが、

今回は、何故か、痛みが昨夜から激しく、吐き気、おまけに頭痛まで出てしまい、

早めにベットに入ったのですが、痛みは一向に治まらず、一晩中眠れず、

明け方に、あまりにも痛みがひどくなったため、

痛みが一向に治まらずどんどん激しくなっていった時のために

処方されている鎮静剤の様な効果のある錠剤を、

半ば強制的に旦那さんに飲ませてもらい眠ることが出来たのですが、

誰もいない日中に飲むことも出来ず、痛みで紋々としているところに友人が来て入れました。

この薬は医師から処方されているのですが、

私が持っていると頻繁に使う可能性があるので旦那さんが管理しています

おかげで痛みで押しつぶされそうになっていましたが、ベットの中で横になりながらも

気分が落ち着くようにと話をしてくれたりして、夕方まで我が家にいてくれました。

そして、旦那さんが手術をするため数週間程入院をするのですが、

その時も心配だから様子を見に来ると言ってくれました。

私の担当医も旦那さんの病気の事よりも、

私が一人で家に残る方が心配で、冗談半分に「一緒に入院する?」と

言ってくれるのでが、我が家には猫ズとカメさんズがいるのでそれは無理なので、

どうしたものかと旦那さんも心配をしていたのですが、

夜、外出先から帰ってきた旦那さんにそのことを話すと

良かったと喜んでくれました。

私は一人で出来ることが少ないので、本当にありがたいです。

友人は泊まってもいいよ、とも言ってくれるのですが、

彼女にも家庭があるので、来てくれるだけでも感謝です。

今日も電話をかけてきてくれて、

先日私が電話に出なかった事に心配して来てくれたんです。

近くに義兄も住んでいるのですが、

義兄も忙しいので私の事を気にかけてはくれているのですが、

なかなか我が家に来ることも出来ないと思うので、友人の言葉に本当に感謝です。

本来なら私の妹や母がと言いたいところですが、

何せ私の病気に関してあまりにも理解がないのと

ここ数年距離をおいているので。(これは医師の指示)

病気になって、いろいろつらい思いもしましたが、

優しい友人にも恵まれて、私は本当に幸せ者だと改めて思いました。






by morukatura | 2017-04-06 00:50 | 日常

義母の49日

今日は義母の49日の法要でした。

私は、体調を崩していた事と、精神的にダメージが大きかったので、

法要に行くことは出来ませんでした。旦那さんがイレウスで入院したのです。

おかげ様で経過も良く月曜日には退院できることになりましたが、決して広くないマンションで、

一人の生活には不安で不安でどうしようもないくらい不安な毎日を過ごしています。


昨年の12月29日に義母は亡くなりました。

施設に入居していましたが、一週間前から熱が下がらない状態が続いたので、

念のために一度病院に行ったほうがいいということで入院したのですが、

一週間であっという間に旅立ってしまいました。

病院から危篤の連絡を受けて、私も夫も夫の兄も急いで駆けつけましたが、

誰も間に合いませんでした。

でも義母のお顔はとても穏やかで亡くなったことが嘘のような姿をしていました。


嫁と姑として10年間のお付き合いでしたが、私は義母が大好きでした。

だから、施設に行くときも、病院に入院していた時もまるでピクニックに出かけるような

ルンルン気分で出かけていました。

それは車椅子になっても変わりませんでした。

そして、施設では義母よりお友達がたくさんできました。


結婚当初から喧嘩と言うものは一度もしたことがありませんでした。

不思議と馬が合うというか、義父の時もそうでしたが結構中の仲のよい関係だったと思います。

義父は今でいう認知症だったので、私の事はわからなかったと思いますが、

でもなぜか不思議と会話は通じていました。

義母や夫は不思議がっていましたけどね。

義父の時も悲しかったけれど、

義母の時は悲しさと淋しさで心のバランスを崩してしまいました。

義父が私の心のリハビリをしてくれて、義母が体のリハビリをしてくれたような気がします。


私は実の母と長い間、きっとそれは私が母のお腹にいた頃から確執があったんだと思います。

こんなことを書くべきではないかもしれませんが、

私は望まれて生れてきた人間ではありません。

それは母方の親戚の方が一番よく知っていることです。

そんなこともあって、ようやく心から「お母さん」と呼べる存在になってくれた人でした。

94歳の生涯を終えて、今はきっと義父の元で幸せに暮らしていると信じています。

お母さん、本当に今までありがとうございました。

いつか私がお母さんのそばに行った時にはまた親子として生活をさせてくださいね。

そしてもし来世と言うものが本当あるならばその時は、

私はお母さんの娘として生まれたいと思っています。人間として生まれるとしたらですけどね。

お母さん、今まで本当にありがとうございました。





by morukatura | 2016-02-13 23:28 | 未分類

イントラさんの退職


d0358843_21033909.jpg
    

d0358843_21045255.jpg

d0358843_21032659.jpg

d0358843_21030876.jpg

d0358843_21035399.jpg


久しぶりにリズボクに行ってきました。

と言っても、私がレッスンをするのでなく、

今日で辞められるイントラさんの最後のレッスンを見学に行ってきたのです。

スタジオの中はたくさんの人であふれ、熱気でのぼせそうになりました。

私はリズボクを始めてまだ2年位しかたっていないけれど、

本当にお世話になったイントラさんでした。

私が復帰をするのを心待ちにしてくれていたのですが、

それも叶わぬままのお別れとう形になってしまいました。

今は医師からは運動禁止が出ているので、

みんなと一緒に動きたい気持ちをぐっとこらえて。

とても残念だったけど、身体が大事なので我慢我慢です。

でも、やれって言われてもできないのが今の現実だから・・・・・

もう少し、痛みが治まればストレッチくらいはできるようになるかな。

だから今は大人しくしていようと思っています。

だって、リズボクは逃げて行かないからもう少しだけ我慢します。



明日から11月、そして明日は姪っ子の結婚式。

私は体調の関係で式には参列できないから自宅からお祝い。

幸せになってね、みーちゃん。







by morukatura | 2014-10-31 21:01 | 日常

祖母の命日

昨日は、私の父方の祖母の命日でした。

この日を覚えているのは、きっと私だけだと思います。

毎年、この29日という日は雨風が激しい日です。

祖母が亡くなった時もそうでした。

朝5時に祖母の入院している病院から

様態が急変したのですぐに来て下さいと連絡がありました。

その当時、運転免許の持っていない私の交通手段は、

徒歩、電車、バス、タクシーのいずれかでした。

でも朝の5時にはバスは走っていませんし、

暴風雨の中でタクシーを捕まえることもできませんでした。

私は、ひたすら病院めがけて走りました。

しかし、祖母を看取ることはかないませんでした。

でも、祖母の顔は本当に穏やかで、まるで観音様のようでした。

きっと、あんなに会いたかった父に会えたのでしょう。

私はそう思いました。

祖母が亡くなる前の年、私は父を亡くしています。

一年の間に私はこの世で最も私を愛してくれた父と祖母を亡くしました。

この寂しさは、今でも埋めることができません。

私にも愛する人ができましたが、それでも寂しさは消えません。

毎年、この日が来る一週間前から私は自然と人恋しさと寂しさを覚えます。

何十年たっても変わることはありません。

肉親の死というものはこういうことを言うのかもしれません。

おばあ様、今はババと一緒で幸せですか。

私が二人のそばに行くときは、また私を愛して下さいますか。

まだまだ先のことになると思いますが、その時は笑顔で迎えて下さいね。






by morukatura | 2013-11-29 22:45 | 日常

遠出

今日は、珠洲に行ってきました。

10月15日に行って以来なので、今回はひと月ちょっと時間が空きました。

朝、痛みで目が覚めて、夫の寝室に行き、しばらく痛む箇所をさすってもらいました。

最近の夫は、病気に関して少し興味というか理解を示してくれたような気がします。

朝、8時30分過ぎに自宅を出て、途中ガソリンスタンドにより珠洲に向かいました。

到着したのは10時半を少し過ぎた頃でした。

久しぶりに会う彼女は、前回に会った時よりも元気でした。

むしろ私のほうが病人だったかもしれません。

最近の彼女は調子が良いようで、漢方が、効いているのか、

それともアイフェリンが効いているのか、

どちらにしても体調は、以前よりも良い状態のようで、

私の体のことをしきりに心配したいました。

いつの間にか、立場が逆転したようです。

彼女の今後の治療のことも話をし、当面は金沢まで遠いけれど、

通うことにしたようでした。(旦那さんの意志を組んで)

それからいろんな話をし、彼女手作りのお昼ご飯を食べて、

その後またおしゃべり、二人で、どれだけしゃべったことか

それでもまだ足りないくらいで私は金沢に戻ってきました。

彼女といると本当に気分がほっこりします。

飾らない、本音で話す彼女のことが私は大好きです。

年のうーんと離れた妹みたいな存在かな。

雪が降る前にまた、遊びに行きたいけれど、

私も一応病気療養中の身なので、その点は注意しないといけませんね。




by morukatura | 2013-11-24 22:55 | 日常

ランチに行ってきました


d0358843_21365849.jpg


d0358843_21380342.jpg

d0358843_21371867.jpg


d0358843_21380342.jpg

d0358843_21383670.jpg

d0358843_21385035.jpg

今日は、リズボクの友人達とランチバイキングに行ってきました。

女6人も集まると、それは賑やかしくなり、

あっという間の3時間を過ごしました。

それでも話が終わらないで、また場所を変えて長々と話し込んでしました。

久しぶりに楽しい時間を過ごすことが出来ました。

最近は、体調も方もあまりよくないので、少し滅入っていましたが、

今日は気分転換もできたのでよかったと思います。

明日は、検査の日、どんな結果が出てもそれはそれでいいと思っています。




最近、友人のブログを頻繁に編集をしているためか、

自分の日記を書く時間が無くなってきました。

今日もなんやかんやで2時間かかってしまいました。

首、肩、腕、腰、背中バリバリです。

今日も痛みで眠れそうにないと思います。


















by morukatura | 2013-09-30 21:35 | 日常

朝から運動



今日は、朝活100人リズボク参加して、朝からたっぷり一時間汗をかいてきました。

それから10時過ぎに、ずっと行きたかったお父さんのお参りに行ってきました。

遺影の中のお父さんはいつものお父さんでした。

優しい瞳で私を見てくれました。

本当はもっと早く、出来ることなら生きている間に会いたかった。

でも、これからは私の心の中でずっと生きていてくれる。

お父さんと出会えて、「お父さん」と呼ぶ事が出来て

私は本当に幸せでした。

お父さん、今まで本当にありがとうございました。

そして、これからもよろしくお願いします。














by morukatura | 2013-06-23 14:16 | 日常

リズボクに出会って

d0358843_14200583.jpg

d0358843_14195081.jpg

リズボクを初めて一年になりました。

といっても、途中3ヶ月お休みをしたので、実際は9カ月になるのかな。

今の気持ちをメモにして残しておこうと思います。


金石街道上にリズボクのジムがあった頃、

そこを通るたびに行きたいなぁ~ってずっと思っていましたが、

思いだけでなかなか行動に移すことがなかなか出来ず、

そうしているうちに、いつの間にかジムは閉鎖されてしまいました。


子供の頃から格闘技に興味があって、アクションスターの倉田保昭さんが大好きで、

いつか私も倉田さんのような人になりたいと思っていました。

従兄弟が空手を習ったら従兄弟から空手を習い、

近所に剣道の先生がいたのでその先生から剣道を習い、

社会人になってからは友人から太極拳を習い、

とにかく子供の頃から女の子のすると言われる遊びには全く興味を示さず、

近所のお兄ちゃん達とチャパラごっこではないけれど、

広場や田んぼで、アクションスターまがいの遊びばかりをしていました。

そのおかげか、二十歳の頃、痴漢に遭った私は、

悔しさからその痴漢を追っかけて、

飛び蹴りと回し蹴りをしたのを今でもはっきりと覚えています。

さすがに今は、身体が固くなったのと体重が増えたこともあって、

あの頃のように軽やかに跳ぶことは残念ながら出来ません。

3年前に職場でのパワハラといじめで心を病んでしまった私は何故か根拠もないのに、

リズボクをすれば精神的に強くなれると思い、ネットでDVDを購入し、

自宅で一人でビデオを見ながら練習をしていました。

そして、昨年のメーデーのアトラクションでリズボクが披露され、

私は金沢にジムがあるのかもしれないと思い、ネットで検索をし、

今のジムを見つけ、体験をし、迷わず入会をすることにしました。

一年があっと言う間に過ぎました。

今年のシェイプアップ大作戦、正直言って今、休職をしている私には金銭的な悩みもありましたが、

何故かまた根拠はないけどKALIをしたら自律神経が強くなれると勝手に思い込み、

KALIコースに参加をすることにしました。

始って1カ月、まだ効果はないかもしれないけれど、

大作戦に参加するたびに心の中が変わってゆくのを感じます。

ドクターも私がリズボクを始めてから明るくなったとおっしゃってくれます。

リズボクを始める前の私は、

パワハラにあったのもいじめに遭ったのも全部自分が悪いのだと思っていました。

ドクターや夫、友人たちの「貴女は絶対に悪くない」の言葉にもなかなか信用が出来ず、

常に後ろ向きの考え方しか出来ませんでした。

でも、今は違います。前向きにはなかなかなれないけれど、後ろを向くとはなくなりました。

今でも2週間に一度の通院と5種類の精神安定剤を服用していますが、

ドクターはKALIを始めてからもっと明るくなった、活き活きしてきましたね。

と、先日の診察の時におっしゃって下さいました。

そして、無理はしないでリズボクを続けてくださいね。とも言って下さいました。

リズボクが私の心に、安らぎと豊かさを与えてくれました。

そして、TUがおっしゃるように自律神経も穏やかにしてくれました。

何の根拠もなく始めたリズボクだけど、今では私の生活の一部と心の支えになっています。

まだまだ薬を手放すことも、

時折起こるパニック発作からも解放されることはないかもしれないけれど、

これからもリズボクと一緒に毎日一歩ずつ無理せずに歩いていこうと思います。

リズボク出会ったことに感謝をします。

















by morukatura | 2013-06-13 14:18 | 日常

大切な人の死

d0358843_14152481.jpg

d0358843_14152568.jpg

d0358843_14152528.jpg

d0358843_14152578.jpg

d0358843_14152577.jpg

d0358843_14152584.jpg

d0358843_14152865.jpg

d0358843_14153230.jpg

世間でいうところのGWが始りました。

休職中の私には毎日がGWみたいなものだと夫に言われました。

確かにそうかしれないけれど、どこかに出かける予定は3日以外にはない。

それでも外出できるまでなったのだから良しとしときましょう。



25日の夜、私が小松で仕事をしているときに

「お父さん」と慕っていた方の息子さんから電話がありました。

何か嫌な予感がしたのですが、それが現実のもとになりました。

21日の午前3時3分に亡くなったという連絡でした。

身内だけの家族葬を行い、亡くなったことはまだ誰にも話していないということでした。

危篤になった時、私に連絡しようかと家族で相談したそうですが、

結局は家族だけで見送ることにしたそうです。

いつもお父さんが私の事を家族にも話していたようで、

せめて一目だけでも会わせてあげたいと息子さんも考えたようですが、

管につながれた弱った父を見せることは出来なかったと話して下さいました。

そして申し訳なかったと、だからこそ誰よりも先に知らせたかったと。

23歳で父を亡くした私にとってはもう一人のお父さんでした。

お父さんの子供も親戚の子供達も男ばかりなので、私の事を実の娘のように可愛がってくれました。

小松を離れた後も、一人暮らしをしている私を心配し、

ときどき様子を見にアパートにも来てくれました。

私たちは本当の親子のように時間を過ごしました。

私が心の病気になった時も自分の体で大変なのにとても心配をしてくれました。

最近は私の体調やお父さんの病気の関係で会うことができませんでしたが、

私が少しでも元気になったら会いに行くつもりでした。

でも、それもかなわなくなりました。

息子さんは、よかったら自宅にお参りに来て下さいと言って下さいました。

49日まできっとバタバタしていると思うで、49日を過ぎたら行くつもりです。

偶然だと思いますが、私の誕生日が3月の21日、お父さんが亡くなったのが4月21日

21日という日で不思議につながっています。

お父さんと私、やっぱりどこかでつながっていたんだと改めて思いました。

お父さん、今まで可愛がってくれて本当にありがとうございました。

ゆっくり休んで下さいね。








by morukatura | 2013-04-28 14:12 | 日常