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慌ただしかった一週間

瑠璃が亡くなって10日が過ぎました。
この10日間は感傷に浸る時間もないくらいバタバタしていました。

瑠璃が亡くなった次の日、私は風邪を引きました。
私は今まで、5年に一度くらいの割合でしか風邪をひきませんでした。
ところが、結婚をしてから毎年のように風邪を引くようになりました。
その代わり入院・手術をするような病気にはこの数年間、お世話になってはいません。
今までは、風邪を引かない代わりにといったら変ですが、2~3年の割合で、
入院・手術をしていました。
毎年の健康診断で、担当医が心配するくらい、私の病歴は多いのです。


熱は出ないにしても妙にだるい状態が2日ほど続きました。
5日は仕事初めで、6日は新春の集い。
おまけに8日は職場の引越し。なんて間が悪いのだろう。
やっぱり日頃の行いが関係しているのか・・・・・・・・
自分では良い方だと勝手に判断をしていても、お天道様が見たらやっぱり違うのかしら・・・
な~んていろんな事をそれほど良くない頭で考えていたら、考えれば考えるほど落ち込む私

とにかく、風邪を治さなくては!

そうだ! 6日にはたくさんの人に会うから、


風邪菌をお年玉として沢山の人に渡そう!


と、甘い事を考えていたら、私より強い菌を持った人がいたようで、仕事を終えて
帰る頃には朝より、症状がひどくなっていました


なんでだ~!!!!


次の日、症状は悪くなるばかり。

ティッシュ一箱を抱えて、私は引越しの荷造りを始めました。
大まかなものは年末に箱詰めをしていましたが、細かなものや、
引越し当日の午前中までは通常通りの仕事をしなければならないので、
その関係のものなどがまだ残っている。
一体いつになったら片付くのか。出るのはため息ばかり。

何とか、8日の午前中の分だけを残して片づけを終え、時計を見ると8時過ぎ
ヤバイ! 早く帰らなければ!
慌てて自宅に戻って、モル・にゃんずのご飯の準備、後片付けを終えるともう9時半
体が段々しんどくなってきたので、その日はそのまま寝ることにしました。


8日の朝、咳で目が覚めました。体が前日より重くてだるい。
だるさが日々バージョンアップしている様な気がする。
夫に「熱があるんじゃない?」と言われたので、体温を測ると「37.8℃」
私は平熱が35℃ないので(低体温体質)、一体どれだけの熱が出ているのか。

「今日、休むことはできないの?」と聞かれたが、今日は事務所の引越し。
そんなの無理に決まっている。
業者もOS関係の担当者も手配済み。絶対無理に決まっている。
ましてや、手伝いを全部断ったのに、いまさら絶対無理。

身体はとてもだるいけれど、気分は妙にハイテンション!
なんとかなるでしょ! お天気も良いみたいだから、とにかく行って来るわ!
と、言って私は自宅を出ました。

心配をしてくれるのはありがたいが、そもそも私の風邪は夫から移されたもの。
わが夫、大の病院嫌い。(好きな人はまずいないと思うけど)
風邪くらいでは絶対に病院へは行かない。そのくせ、市販の薬もなかなか飲まない。
私は持病があるため簡単に市販の薬を飲む事は出来ないし、
そんな頻繁に大学病院にはいけない。年休もない。
だから、夫には風邪の引き始めには、口がすっぱくなるくらい早めに病院へ行くか、
それとも市販の薬を飲むか、といつも言うのだけれど、そんな簡単に聞いてはくれない。
ましてや、家の中ではマスクをしないので、風邪菌は自由気ままに飛びっぱなし状態。
同じ空間にいれば移るのは当たり前。
そして、私に移して夫は完治。いつものパターンです。

何とか、ヘロヘロになりながらも引越しは無事に終了し、
後はダンボールの中身を元に戻すだけ(これが一番大変かも)になりました。
家に帰ってから、何もする気にはならなかったが、とにかく食事の用意だけはして、
後はすぐに横になりました。おかげで少しは楽になったような気がしました。

金曜日、熱は下がってはいたものの、今度は声が出なくなって。
鼻もつまり、耳鳴りも鳴りっぱなしの状態。もう、気力だけで仕事に行ったような状態。
住所変更の手続き、お知らせを出さなければ・・・・・・ 半分執念かも。

3連休、天候も悪かったが、私の体調も最悪。ずっと寝てました。
おかけで、今はまだ少し残っている状態ですが、まずまずの状態にまで戻りました。

しかし、私の身体、今度は筋肉痛が~
by morukatura | 2009-01-13 03:55 | 日常

哀しい

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我が家に来て一週間が過ぎた頃の瑠璃


日付が2日に変わった頃、瑠璃が虹の橋を渡りました。
あと、1ヶ月と10日ほどで5歳になるはずでした。

2004年3月12日、瑠璃は我が家にやってきました。
テディモルモット 色は白黒ちょっと茶色

瑠璃をお迎えする数ヶ月前、私は白黒のテッセルモルモット桃薫を病気で亡くしました。
病気に気づき手術をしましたが、開腹をした時点でもうどうすることも出来ず、
そのまま閉じることになりました。

私は桃薫のことをどうしても忘れることができず、同じ柄の子を探していました。
私の住んでいる地域では、その頃ペットショップは1~2箇所くらいしかなく、
その当時、あまり好きではなかったネットで探すことにしました。
ようやく輸送をしてくれるショップを見つけ、白黒のテッセルの子が入荷したら連絡を
いただく形でお願いをしました。

二ヶ月が過ぎてもまったく連絡がありませんでした。

そして、もう無理かも、と半ばあきらめかけていた頃、そのショップから連絡がありました。
ただし、「白黒の子は真菌に罹っているので、治療が済むまでお渡しは出来ない」との事。
私は真菌の治療に関してはこちらでしますので、とにかくすぐに送って欲しいと連絡をし、
瑠璃は3月12日に我が家にやってきました。
そして、すぐに病院へ連れて行き、真菌の治療を始めました。
その当時、我が家には瑠璃のほかに10匹のモルモットがいました。
真菌は人間にもモルにも移るので、瑠璃は治療が終わるまで隔離です。

瑠璃は生後1ヶ月位で我が家に来ましたので、よほど寂しかったのでしょう
近くにいる子を呼んで、よく鳴いていました。
1ヶ月程で真菌も完治をし、みんなと一緒にサークルでの生活です。
いじめられることもなく、11匹は仲良くしていました。


2007年の夏、脂肪腫の切除手術をしました。
また、季節の変わり目にはゼコゼコと、呼吸がしずらくなることもありました。
これは、昨年亡くなった楓薫と、あと10日ほどで5歳になる桃香も同じです。
私は3匹をゼコゼコシスターズと呼んでいました。


瑠璃は数ヶ月前から毎日、心臓の薬と週2回の利尿剤を飲んでいました。
一時はもう駄目なのかと覚悟をしましたが、薬が効いてサークルの中でみんなと一緒に、
ときどき喧嘩もしながら、毎日ご機嫌さんで過ごしていました。

ところが2週間くらい前、瑠璃は、出血をしました。
1週間薬を飲んで様子を見ていましたが、薬が効いて出血も治まり、
一時減った体重もすっかり元に戻っていました。

1日の夜10時過ぎ、みんなで仲良くりんごを食べました。
12時を過ぎた頃、私はサークルの横で寝る準備をし、そして電気を消しました。
どれだけの時間がたったのでしょうか、私は猫達の運動会で目が覚めました。
時計を見ると1時を少し過ぎていました。
部屋の電気をつけると、運動会は一時的に静かになりました。

私はもう一度サークルの中のモルに「おやすみ」と声をかけました。
目の前の丸太ハウスの前で瑠璃が横になっていました。
「瑠璃、おやすみ」と声をかけ、瑠璃の身体をなでようとしたとき、
瑠璃の様子がおかしい、という事に気がつきました。
瑠璃は亡くなっていました。

私がうとうとし始めた頃、かすかに聞こえていたのは猫の寝息ではなく、
瑠璃のゼコゼコだったのです。

どうして、あの時、ちゃんと確認をしなかったのだろう。
悔いても悔いても、もうどうすることも出来ません。

何度も危ない橋を渡りながら、それでも瑠璃は私の元に帰ってきてくれました。
それなのに、瑠璃の苦しさに気づいてやれず、私は瑠璃を一人で逝かせてしまいました。

瑠璃は、ちょっと噛み癖のある子で、何でも口にする子でした。
ペットシーツもプラスチックスノコも齧る子でした。電気コードもどれだけ齧られたか…
夫に「流石にねずみだ!」とよく言われていました。

瑠璃、ごめんね。苦しかったね。
最期につらい思いをさせたけど、瑠璃と過ごした時間、私はとても幸せでした。

もし許してくれるのなら、もう一度私のそばに帰って来て下さい。
いいえ、許してくれなくてもいい、もう一度私のそばに帰ってきて下さい。
そして、また一緒に同じ時間を過ごて欲しい。

瑠璃、今まで本当にありがとう。

瑠璃、ごめんなさい。

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我が家に来て3ヶ月を過ぎた頃の瑠璃、このころ一番数が多かった





by morukatura | 2009-01-02 22:39 | モルモット

ゆきのこと

昨日、といってももう24時を過ぎていたので、今日になるけど、
ブログの日記を書き終えて、寝る準備をして、ゆきの様子を見に行った。

ゆきは機嫌が悪かったのか 丸太ハウスの中に引っ込んでいました。
時々甘えた声で鳴いていた。

急に猫たちが運動会を始めたので、運動会を仕切っているテツ君を捕まえるため、
テツ君を追っかけていると、いつの間にか私とテツ君の運動会になってしまった。

しばらくして猫たちは落ち着き、それぞれがお気に入りの場所で寝る準備に入る。
私も、冬馬を呼んで寝る準備をはじめた。

目の前に置いてあるゆきのケージを覗くと、ゆきがこっちを見ている。
さっきまで、鳴きながら丸太ハウスに引っ込んでいたのにお腹が空いたのかな?
一時間前にも 少しだけどふやかしたペレット2粒と流動食を食べたのに・・・・・・

ゆき、ゆき、と声をかけたが反応がない。寝ているの? でも瞳が開いている。
ゆきはおーちゃんと違ってしっかり目を閉じて眠る子

まさか! ゆきの鼓動は止まっていた。  まだ暖かい

一体、何が起こったのか。
悲しいというより、信じることが出来なくて。
さっきまで甘えて鳴いていた。
ウニウニと何かを話しかけていた。
強制給餌をしているときも、私の顔をじっと見てた。
シリンジにも自分から近づいて食べていた。
ゆきの中で何が起きたの?

強制給餌をして、食べられるようになったら、昨日よりは元気になると思ってた。
そして、これから毎日毎日強制給仕を続ければ、昨日より今日、今日よりも明日と
少しずつ以前のゆきに戻ってくれると信じてた。

でも、ゆきの鼓動は動きを止めた。

ゆきは、3年前の11月に我が家に来ました。
そして、3年後の11月21日、午前1時25分頃 旅立ちました。

ゆき、貴女に会えて、私は幸せです。
貴女のお世話を出来て、私は幸せです。
もし、来世があるのなら、私は再び貴女に出会いたい。

ゆきが、私の元で暮らして、幸せだったかは私にはわからない。
でもこれだけは言える、私は幸せでした。

ゆき ありがとう。

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by morukatura | 2008-11-21 20:49 | モルモット

ゆきちゃん

ゆきちゃんは、3年前に金沢にあるホームセンターからお迎えした子。
アビシニアンで真っ白だったので、名前をゆきと付けました。
この3年間、大きな病気をすることもなく、元気にしていました。
一度あごの下に膿胞が出来たことはあるけど、それも一回の治療で治った。

なのに、2日前から様子が変。
日曜日、いつものように爪切りをしようとしたら、やっぱりいつものように大暴れ。
噛みつく、暴れる。とっても元気。

月曜日の朝、サークルの掃除をしていても特別に変わった様子もない。
夜、少し様子がおかしい。

火曜日、サークルの中の小屋の中でじっとしている。
しばらく様子を見ていると、他も子たちが食事をしているのに
ゆきはご飯に見向きもしない。
大好きな菜っ葉を口元に持っていっても食べようともしない。

抱っこをすると、口元からよだれが出ていて、少しにおいがする。

今日は病院がお休みの日なので、明日一番で病院に連れて行こう。
それまで、ゆきの様子に変化がないか、よく見ておかなければ。

水曜日、午前中お休みをもらって病院へ連れて行く。
レントゲンを撮る。不正咬合が見つかる。あと肺の炎症も。
抗生物質の注射とお腹の動きを良くする注射をしてもらう。
一昨日から何も食べていないので、点滴もしていただいた。
いつもは、暴れるゆきだけど、具合が悪いからされるがまま

木曜日、仕事を終えてからもう一回ゆきを病院へ連れて行く。
抗生物質と、お腹の動きを良くする注射を打ってもらう。
あと、明日からの飲み薬、抗生物質と整腸剤をいただいてきた。
今日も何も食べてないので、家に帰ってから強制給仕です。

大麦○葉の粉にいつものペレットを混ぜてすり鉢で擂る
一回の給仕で1ccのシリンジを6回食べてくれた。
お腹がすいていたようで、思いっきりシリンジに食いつきました。
少しずつでもいいから食べて欲しい。

急に寒くなってので、人間の私も体調を崩しはじめた。
体の小さい、モルモットや寒さに弱い猫たちの体調管理をしっかり
してあげないといけない。
その前、まず自分がしっかりしないといけません。
by morukatura | 2008-11-20 20:45 | モルモット

さくら

さくら、私が彼女につけた名前です。
2008年9月13日、私はクーちゃんのいたホームセンターでさくらに会いました。
彼女はグレーと白の混じったアビシニアンモルモットで500円で売られていました。

私は以前、某ペットショップの店員さんに余り安い値段で売られていると爬虫類の息餌になることもあると聞かされていました。
モル飼いさんの間でも同じ話は聞いたことがあります。
そのことについてとやかく言うことはしませんが、私は500円で売られているさくらがとても気になり、
ホームセンターの店員に性別を確認してもらうため声を掛けました。
ウンチの形で性別は判断できましたが、念のために。
その前に、さくらの置かれていた状態が余りにもずさんで、それはクーがいた時とは比べものにならないくらいひどい状態でした。
それを見た時点で性別に関係なく、自宅につめて帰るつもりではいました。
クーの時に再度お願いをしたのに、一向に改善されていないことに怒りすら感じました。

店員の彼は桜をひょいと持ち上げ一言「あ!もう駄目だわ、売り物にならんわ」と言いました。
さくらは生殖器と肛門から血を出していたのです。
お尻からお腹にかけてウンチがべったり張り付いていて固まっていました。
多分、立っているのもひどかったのでと思います。
しかし、ケージの中でさくらが横になれる所はありません。ウンチの山、オシッコのプール。
牧草は入ってはいるものの、オシッコでぬれています。所々に小さい虫さえいました。
そんな状態で何日さくらはいたのでしょう。考えただけでも心が痛みました。

私は彼にこの子をどうするつもりですか?治療をしてくれますかと尋ねました。
すると彼は「ここにも薬はあるけれど、この子かかわる時間はないし、もう駄目だと思うからどうしようもない」と言いました。
その上で、最近ホームセンターの改装で、他店から売れ残ったモルモットやウサギがきて大変だった。
安く売って、お客さんにも喜ばれたし、何のクレームもないと言いました。
私はクレームを言っているのではなく、病気なら治療をして欲しいという事をお願いしたのです。
確かに安く売ることで、爬虫類の息餌になることありえますね?ということは話をしました。
しかし、そのことについて問題があるとかないとかを言ったわけでもなく、そういうこともありますよね?と言うとを話しただけです。
でもそれがクリームだと彼は感じたのでしょう
そのことについて彼は「お客さんが飼われた後、どう扱うかは私達には関係ありません!」と言い切りました。
私は、「それならここに置いている間は商品なのだから大切に扱ったらどうですか?」と言いました。
そして私は、ここで治療をしてもらえないのなら、私がつれて帰ります、と言うと
彼は「連れて帰っても、もう駄目だと思いますよ」と言ったので、
「それでもここで死なせるよりはマシです」と言い、連れて帰ることにしました。
最初はただお願いをしていたのですが、彼の態度に段々腹がたち、クーのこと、
それ以前にも改善をお願いしたのに何も変わっていない事を話しました。
彼はクーの事は覚えていました。
あの時も今ほどではなかったが、飼育環境が悪かったことは認めました。つづく



by morukatura | 2008-10-01 20:29 | モルモット